2016年12月20日火曜日

読書レビュー8 誰にも尋けないおしりの難病

誰にも尋けないおしりの難病―NISと自己臭症

高野 正博 石風社 2015-04
売り上げランキング : 690321
by ヨメレバ
神経因性骨盤臓器症候群(NIS)という病気を提唱された、高野正博先生の一般向けの書籍です。

NISとは、肛門や直腸をコントロールしている仙骨神経の障害が原因で、肛門痛・便漏れ・ガス漏れ・残便感などの排便障害が起きる病気のことです。
実際これらの症状で悩んでいる方は大勢いらっしゃるのですが、どこの病院でも治療してもらえないどころか、そもそも理解してもらえないことが多いようです。そんな人向けに、なぜこの症状が起きるのか分かりやすく解説してあり、悩んでいる人は是非読んでみましょう。

内容ですが、まずNISの主症状(肛門痛、便・ガス漏れ、排便障害)が解説され、続いて各検査方法と高野病院で行っている治療法が述べられています。 内容も分かりやすく、特に次のくだり、
 ・神経の障害で、直腸肛門がうまく動かず便が出ない
 ・便を出そうと、下行結腸(大腸の左側)がぎゅっと収縮する
 ・便・ガスが通過できず、左上腹部にたまる
 ・その結果、お腹が張る、腹痛が起こる
などは納得される方も多いのではないでしょうか。


ただ個人的に惜しいなあと思う部分もあります。 一例をあげると42ページ、仙骨神経の圧痛について
この場合不思議なことに、右より左側の神経が悪い方が多く、左だけが痛む、また右より左の痛みが強いという方が多いのですが、この左右の差がどこからくるのかはまだ不明です。
という記述があります。

しかし私の臨床経験からこの左側を痛めている人は、ある特定の姿勢を取っていることが多いことが分かってきました。その姿勢とは左側に体重をかけて長時間座っているというもので、そのせいで左側の神経が常に圧迫されて痛みが引き起こされているようです。では何で左に体重をかけているのかというと、右手でペンを持ったりマウスを操作したりするとき、左のお尻に体重をかけているとやりやすくなるんですね。さらにこの状態でガスを気にしてお尻に力を入れていると、神経を締め上げるようになり痛めてしまうと思われます。


ところで私が最も注目したのが、第3章「おしりの自己臭症」です。
この章だけで実に59ページ、全体の34%、一番ページ数が多い章になっています。この力の入れ具合から、自己臭症の患者さんがいかに多いかが読み取れます。

ちなみに自己臭症とは、要は自分は臭いと思い込み、周りの人の行動全てを自分の匂いと結びつけて気に病むことで、口臭・体臭・腋臭などがきっかけとなることが多いと言われています。この本ではNISということで、おならや便臭がきっかけとなって発症するパターンが書いてあります。

この自己臭症というのは非常に厄介で、本来の定義から言うと匂いなどは単なる思い込みで、精神的な問題だけであるとされています。しかしこのガス臭・便臭の場合は完全に気のせいとも言えないんですね。
高野先生がこの本でお書きの通り、ガス臭や便臭がきっかけの場合は、そもそも肛門の括約筋がゆるい人が多いようです。このパターンでは普段は大丈夫なのにたまに匂いがしたりします。そうするとやっぱり自分はいつも臭いんだと確信し、周りの人のあらゆる行動は全て自分が臭いからだと決めつけてしまいます。
例えば隣の人がガムを食べはじめると、自分が臭くてその匂いをごまかそうとしているからだとか、お店に入った時たまたま入れ違いに出ていく人がいれば、それは自分が臭いから出ていくのだと思ったり。

こうなると、身体より心、すなわち認識の仕方を変えなければ良くなりようがありません。高野病院では検査をして肛門が緩んでませんよとか、水素ガスを注入して出ていませんよと確認してもらったりして、漏れていないと認識してもらい、少しずつ自信をつけていく方法をとられているようです。

NISの症状では肛門痛や便漏れがあるのですが、それらよりもこのガスや便の匂い漏れが最も患者数が多く試行錯誤しながらより良い治療法を研究されているそうです。


ただこの本の最後の章「おわりに」を読みますと
これは神経の痛みであることに間違いないと確信し、早速これを学会などで度々発表しましたが、全く信用されませんでした。
とか、
ところが、病院内の先生方にこの病気のことをお話しても、そんな病気は聞いたこともない、あんまり主張すると私はもとより、病院自体がおかしいの ではないかと思われるのは困る、ほどほどにしてくれと言われてしまったこともありました。
などの記述があり、他の医師の方からはなかなか理解が得られてないようです。何とかこの病気の理解や治療法が広まってほしいですね。

それにしても題名にある「尋く」という言葉、どこに行っても理解してもらえずひたすら病院を尋ね歩く患者さんの気持ちを代弁されているようで、先生の人柄がしのばれます。